Hirai Takayuki

3)石綿に関する研究

3) 石綿に関する研究

 

3-1 研究の背景

石綿による健康被害が問題となったときに、石綿を代替する技術を開発研究するプロジェクトの一員になった。そのときに行った研究である。平居孝之が担当した部分について、以下に説明する。

 

3-2 石綿に関する文献調査

平成1,2年頃、恩師の東京大学教授岸谷孝一博士に通商産業省から石綿関連の文献が届けられてその解読を担当した。英語とドイツ語も多く含まれた文献は段ボール2箱ほどあった。そのときに得た知見は以下である。

a   石綿とは

石綿(アスベストともいう)は、岩石材料が極めて細い形状で収束した状態に生成したものである。化学組成が違う種類があり、どれも高温で燃えず、化学物質にも溶けず分解されず、高強度であり、耐摩耗性が著しく高い。

石綿の用途

石綿の性質は、他の材料に比べて大変有利なことが多くあり、安価に産出される海外から日本に輸入されて種々の用途に使われていた。

代表的なものとして、鉄骨に吹き付けて火災熱から断熱する耐火被覆材料、ブレーキパッド、セメントなどと成型した板材の建材などがある。学校の理科実験で、ガスバーナーの炎の上に敷いていたシートは、石綿で作られていた。

石綿による健康被害

極めて細いため、空気中に長期間浮遊する。人が呼吸で吸入するほどの細さ(数マイクロメートル以下の径といわれる)である。マクロファージ(人体内の異物を除去しようと働く白血球の一種)が体外に排出できないほどの長さ(5~10マイクロメートル以上といわれる)のものが多い。人体内で分解されず、石綿が留まっている箇所に中皮腫などの腫瘍が発生する。

石綿は、呼吸で人体に取り込まれたときに健康被害が発生する。触っても健康被害は発生しない。

d   日本の石綿汚染の状況

石綿は日本の国内で産出されないが、20世紀後半に輸入されたものが国内に存在し、その総量は1000万トンを超える。

石綿は極めて細い形状のものが収束した状態で産出されるが、製品の製造や施工の過程で、また使用中の製品が劣化して、極めて細い1本のフィブリル(きわめて細い繊維状のもの)として、空気中に拡散する。

拡散したものは降雨などで地表面に落ちるが、風により空気中に舞い上がり、長期間漂う。自然作用で変質せず、消滅しない。一旦飛散した石綿を除去することは非常に困難である。

空気中に含まれる石綿の濃度は、田園地域より市街地の方が高く、石綿製品の製造工場やその近隣また製品の施工現場は高い場合があった。セメントなどの結合材で固めた製品から石綿が飛散することは少ないが、吹きつけ施工の耐火被覆材料は石綿が飛散する恐れが大きく、またブレーキパッドが摩耗して石綿が飛散する。

研究成果

344 石綿代替製品調査研究報告書、平成3年3月、著者:岸谷孝一、平居孝之他32名、(財)建材試験センタ-が研究実施機関、平成2年度通商産業省委託

 

3-3 健康被害を発生する石綿汚染濃度に関する研究

空気中の石綿濃度と吸引期間と疾病発症の関係を知りたくて、文献を詳細に見たが、定性的な関係があると指摘されていたが、定量的な関係に言及したものはなかった。

平成4年に、石綿健康被害が顕在化していたEC(European Community 欧州共同体)を訪れ実地調査したときに得た知見から、高濃度に石綿汚染された空気は吸引が短期間であっても疾病が発症すると考えられた。

現在のところ、通常環境のように石綿濃度が低い空気を長期間吸引していても、人の寿命を左右するようなことはないと考えている。このように考えるのは、石綿が原因で疾病が発症するのに30年以上の長期間かかると言われているが、それは通常環境より高い石綿濃度の空気を呼吸した時期があるからと思われ、また石綿含有が低濃度の空気の呼吸による疾病は発生しても長期間かかるので、人の本来の寿命が先に尽きるので症状が顕在化しないと思われるからである。

低濃度であるが通常環境より高い石綿含有濃度の空気をある期間吸引した場合や、高濃度の石綿含有濃度の空気を短期間吸引した場合に、疾病がどのように発症するかは分からない。

安全のために、通常環境よりも石綿汚染濃度の高い空気を吸引することは避けなければならない。特に低年齢の人が、石綿に汚染された空気を吸引することがあってはならない。

研究成果

344 前出

@@ 建築物における石綿事情、平成5年6月、著者:平居孝之、第2回建築物の調査診断講演会、大分県仕上調査診断事業協同組合、講演

54   繊維材料による空気汚染、平成10年3月、著者:平居孝之、FINEX、Vol.10,No.57、特別寄稿pp41-43、日本建築仕上学会

250  欧州の石綿代替状況の調査データ、平成4年12月 著者 平居孝之 (日笠純一氏の協力により作成)

 

3-4 石綿問題で揺れている当時のECの調査研究

石綿の使用継続か使用禁止かのどちらを選ぶか迷っていたEC諸国における現地調査を、日笠純一氏と二人で行った。

当時世界の石綿供給を担っていた国際石綿協会のフランス支部専務理事のボイゲ氏は、石綿は安全に管理して使うことができるものであり他の材料で代替できない優れた素材であり企業の持続成長を支えるのに役立つと説明してくれた。他方で、スレート補強に使う繊維材料の供給商社の社長ドーナー氏と技術担当のスチュディンカ氏は、石綿の替わりに合成有機繊維を使って有用なスレートが製造できることを示してくれた。このときに、露天掘りで豊富に石綿を採掘できる鉱山で、日常的に従事者が腫瘍で死亡するため、マネジャーが事務机に黒のネクタイを常備していると話していたことが印象的であった。

ECなどでは、石綿とセメントを抄造成形(和紙を抄くのに似た製法)したスレートが広く使われ、製造企業が地域の基幹産業になっていたので、石綿の使用を制限するのは難しい問題であった。代表的な製造企業を訪れて、石綿と使い続けるか他の繊維に代替するのか調べた。ある大企業グループは、石綿代替材料による製品の開発に資金を投入し石綿を使わないスレートの製品を製造できるようになっていたが、他の企業では、石綿が安価ですぐれた製品を製造する技術を捨てがたく、また開発と製造施設建設の投資が難しいことから、代替ができていなかった。

石綿代替材料の技術をすでに開発していた企業に、まだ石綿被害が大きな問題になっていない時になぜそのような決断をしたのか聞くと、当時の経営者が将来の健康被害に関連した経費(製造過程における安全管理、従業員の健康保証、製品使用者と関係者への保障など)が企業の存続を脅かすと判断し、大英断をしたからであると答えた。

研究成果  

@@  ヨーロッパにおけるアスベスト規制と代替品の開発状況、平成5年4月20日、 シンポジウム「ノンアス社会への展望」、自治労安全衛生対策室、アスベスト規制法制定をめざす会)、講演

54  前出

250  前出

 

3-5 石綿代替繊維を用いたスレートに関する研究

ECでは、石綿の替わりに健康被害を起こさない合成有機繊維を用いたスレートの製造が開始されていた。合成有機繊維のなかでもPVA繊維(ポリビニルアルコールの繊維、一般名はビニロン、)は、分子構造にOH基をもつのでセメント水和物との付着性が他の繊維より良好で、スレートにしたときの性能が良く、最も多く使われていた。ビニロンは日本の企業(株)クラレと(株)ユニチカで開発製造されて世界に輸出されている。

日本でも、石綿代替繊維を使ったスレートの製造技術の開発を多くの企業が行っており、その研究の取りまとめる調査分科会の主査を担当した。

調査分科会の過程で、ビニロン繊維を用いてスレートを製造する技術の開発をすでに成功していた(株)浅野スレートが、自社の持つノウハウを開示してくれたことに、大変強い感銘を受けた。競合する他社に無償で技術供与してしまうことになるが、石綿汚染の防止に役立つ技術を、社会のために提供して下さったことに、心から感謝した。ECの現地調査で、このようなことは聞かなかった。

石綿を使わないでビニロンを使ったスレートについて、製造方法や建材と使うための性能の試験などについて、多くの人たちと共同で研究した。その多くは、共著者の方が主となって行ったものである。研究成果は、ビニロンを使ったスレートが石綿スレートを代替できることを示している。

研究成果

296 石綿含有率低減化製品調査研究報告書、平成4年3月、著者:岸谷孝一、平居孝之他32名、(財)建材試験センタ-が研究実施機関、平成3年度通商産業省委託

100   石綿代替繊維を用いたスレ-トの開発研究、平成4年12月、日本建築学会構造系論文報告集、No.442、pp23-31、著者:平居孝之、前田孝一、遊佐秀逸、岸谷孝一、堀内盛夫、林雅治)

@@  PVA繊維で補強された繊維セメントの耐久性について、平成5年5月、第47回セメント技術大会講演集1993、P652-657、著者:平居孝之、日笠純一、岸谷孝一

@@  ビニロン繊維による石綿含有率低減化製品の温水浸漬試験、平成5年5月、第47回セメント技術大会講演集1993、P658-661、著者:前田孝一、岸谷孝一、平居孝之

342 ビニロン繊維による抄発造スレ-トの開発、平成5年5月、第47回セメント技術大会講演集1993、P662-667、著者:平居孝之、溝口和雄、村上聖

@@ ビニロン繊維による石綿低減化及び石綿代替製品の耐久性に関する実験的研究、平成5年5月、第47回セメント技術大会講演集1993、P690-695、著者:村上聖、岸谷孝一、平居孝之

275  PVA繊維で補強された繊維セメントの耐久性について、平成5年12月、セメントコンクリ-ト論文集NO.47、pp618-623、著者:平居孝之、日笠純一、岸谷孝一

276 ビニロン繊維による石綿含有率低減化製品の温水浸漬試験、平成5年12月、セメントコンクリ-ト論文集NO.47、pp624-629、著者:前田孝一、岸谷孝一、平居孝之

277 ビニロン繊維による抄造スレ-トの開発、平成5年12月、セメントコンクリ-ト論文集NO.47、pp630-635 著者:平居孝之、溝口和雄、村上聖

279 ビニロン繊維による石綿低減化及び石綿代替製品の耐久性に関する実験的研究、平成5年12月、セメントコンクリ-ト論文集NO.47、pp660-665 著者 村上聖、岸谷孝一、平居孝之

47    コンクリ-トのビニロン短繊維補強に関する実験的研究、平成11年7月、コンクリ-ト工学年次論文報告集Vol.21, No.2, pp271-276, 著者:浜田敏裕、日笠純一、末森寿志、平居孝之

235 REINFORCING EFFECT OF HIGH STRENGTH VINYLON SHORT FIBER WITH  VARIOUS ELONGATIONS ON CONCRETE、平成11年9月、REPORTS OF THE

FACULTY OF ENGINERRING OITA UNIVERSITY, No.40, PP33-40, 著者:Toshihiro HAMADA,Takayuki HIRAI

37    ビニロン繊維によるココンクリートのプラスチック収縮ひび割れ抑制に関する実験的研究、平成12年7月、コンクリート工学年次論文集Vol.22、No2、2000、pp319-324著者:浜田敏裕、末森寿志、斎藤忠、平居孝之

 

3-6 スレートの劣化による石綿の飛散に関する研究

石綿スレートから石綿が空気中に飛散しないかどうかを試験により調べた。セメントで固めた製品である石綿スレートは、表面が劣化すると量は僅かであるが石綿が飛散することが判った。この研究は遊佐秀逸氏が中心となって行った。

短期間の飛散量は健康被害を恐れなければならないほどではないが、飛散した石綿は消滅せずに永久的に空気中に浮遊するので、石綿が使用禁止になる前に製造され大量に使われた石綿スレートから飛散した石綿が、長期間に蓄積されていく量は軽視できないと考える。

研究成果

309  石綿を含む材料の石綿繊維飛散性試験、平成5年5月、著者:遊佐秀逸、高橋泰一、平居孝之、第47回セメント技術大会講演集1993、P686-689

278 石綿を含む材料の石綿繊維飛散性試験、平成5年12月、セメントコンクリ-ト論文集NO.47、pp654-659、著者 遊佐秀逸、高橋泰一、平居孝之

 

3-7 石綿対策の考え方に関する研究

石綿および石綿を含む製品の使用が禁止されるようになったが、その過程で石綿対策の考え方について考えた。

石綿を含んだ製品を焼却しても石綿はそのまま残るので、焼却は汚染防止にならない。石綿の飛散防止のために、石綿を含むスレートは可能なかぎり速やかに除去すべきである。除去するときはスレートを破損しないように注意し、耐久性のある材料で永久的に密封して埋設するなど適切に処理しなければならない。

製品に使う石綿の使用量を低減する方法は、石綿を使用している限り人の健康に関する問題が大きく、石綿関連製品の製造企業にとっても、石綿問題の解決策にならない。

石綿を使用禁止にするために、パブリックオピニオンが大切だと考えた。

研究成果

341  ノンアス社会への展望 平成5年8月、著者:広瀬弘忠、小沢徳太郎、平居孝之、横山邦彦、いのちと健康、No.322、pp2-27、労働教育センタ-、シンポジウム「ノンアス社会への展望」、自治労安全衛生対策室、アスベスト規制法制定をめざす会におけるパネルディスカッションの記録

310   ASBESTOS POLLUTION AND ITS COUNTERMEASURES、 平成6年10月、著者:平居孝之、Proceedings of the International Symposium on Management, Maintenance and Modernisation of Building Facilities. pp1047-1054,CIB W70

@@  無石綿建材の動向、平成7年2月、福岡県工業技術センタ-、講演

54  前出

343  石綿対策パブリックオピニオンが決めて、平成17年8月17日、朝日新聞朝刊 私の視点、著者:平居孝之

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